- 2010-07-15 (木) 11:14
■「影武者徳川家康」 隆慶一郎著
実話の可能性も充分ありうると思わせる。
大変面白く読ませてもらいました。
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<使番>
二郎三郎がそう思った瞬間に、六郎は右手で、例の刀造りの槍の穂を抜いた。六郎の右半身は二郎三郎の眼の前にある。当然、二郎三郎は見た。その異様な武器に、はっとした。無意識裡に陣刀を抜いた。それを振り上げた時、六郎の異様な武器は既に家康を正確に刺していた。僅か一拍の遅れで、二郎三郎の陣刀は六郎に向って振りおろされた。だがここでも門奈助左衛門が邪魔をした。助左衛門は家康から離れようとして手綱を左に引いた。馬首が左を向き、助左衛門は家康に背を向ける形になった。風で旗差物がなびき、二郎三郎の眼前を遮った。二郎三郎の陣刀はその旗差物を筒から斬り落し、更に甲斐の六郎の右膝をしたたかに斬った。これが『徳川実紀』の記述になった。家康の死は隠されたのである。六郎は傷に構わず強く馬腹を蹴ってとび出した。まっしぐらに、最前線めがけて馬を駆る。
<御大将の下知を得て、使番がゆく>
誰の目にもそうとしか見えない光景である。まことに颯爽たる武者ぶりだった。
「影武者徳川家康」の一節から
■「小説 横井小楠」 童門冬二著
幕末の思想家としてあらゆる志士に多大な影響を与えた巨人
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この『国是三論』は、まず越前藩で実行されるが、実際にはさらに発展して坂本龍馬の『船中八策』にも発展する。土佐の後藤象二郎がうけとめて〝大政奉還〟論に高まる。この論の提出によってそれまで出遅れていたファジー(あいまい)な土佐藩が一挙に名をあげる。龍馬の海援隊の芽もこの三論の中にある。もっといえば三岡八郎が由利公正となって献言する。明治天皇の『五か条の誓文』の原点もここにある。それほど横井平四郎の国体観には先見性があり、時代を先取りした。おそるべき〝眼力〟である。
「小説横井小楠」の一節から
■「木食上人・・・軒猿の月より」 火坂雅志著
天地人もいいけれど切れ味するどい短編
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「久しぶりじゃのう、応其。わしのことを覚えておらぬか」
「・・・・・・」
応其が秀吉を見た。はがねのごとき強い視線である。
「ほれ、いまから十数年前、そなたに朽木谷の山中で助けられた男じゃ」
「朽木谷・・・」
応其は一瞬、考えるような顔をし、
「オオカミに食われかけた、落ち武者か」
「そうじゃ。その落ち武者よ。そなたに助けられたおかげで、わしもここまで出世することができた」
「出世したぶん、それだけ人を殺してきたということか」
応其が、ずけりと言った
「あいかわらず、口の悪い男よのう」
「口が悪いわけではない。わしは、まことのことしか言わぬわさ」
「そなた、まだ木食行をつづけておるのか」
松の実の入った革袋に目をやり、秀吉は聞いた。
「おうさ。わしは、そこにおる売僧どもとはちがう」
応其は、横に居並んだ学侶方と行人方の長老を一瞥した。
「木食上人」(軒猿の月)の一節から
■「日本の川を旅する」 野田知佑著
一度でいいからこんな自由を味わってみたい。
出来そで出来ない・・・とりあえず本から。
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10人ほどの青年男女が「イモ煮」をやっているところであった。東北独特のもので、大
きなナベにサトイモ、野菜、キノコ、肉等を入れてやる野外料理である。さる村の青年団のピクニックだという。
仲間に入って、一緒に食べた。良い気分でくつろいでいると、中の一人がつまらないことを思い出し、
「この間、テレビでカヌーが水の中をぐるぐると回るのを見た」
といった。エスキモーロールのことをいっているのだ。
一飯の義理だ。少し水が冷たいが仕方がない。荷物をくくりつけたまま、ロールをして見せる。飯盒、カンテラ、靴などが「ガチャガチャザバーッ」と賑やかな音を立て、何とも生活感のあふれるエスキモーロールだ。
「面白え、面白え、もう一回」
水に入るのが他人だから気楽なものだ。ほれ、もう一回。ガチャン、ガチャン。
これに感銘を受けたのか、ぼくにえらく親切な娘がいた。イモを山のように皿にとってくれ、食え食えとしきりにすすめる。流し眼でぼくを見て(仲々色っぽかった)一緒に川を下ったら、どんなに楽しいでしょう、という意味のことをいった。こういう太目の女性に乗りこまれたりすると、ぼくの小さなフネはぶくぶくと沈んでしまうから、大変惜しかったが別れを告げた。
「ネエさん、あっしのような流れモンに惚れちゃあいけません」といってきかせると、女はハラハラと涙を流した、といったようなことは全然なかった。
「日本の川を旅する」(北上川)の一節から
■「妙音記・・・剣客群像より」 池波正太郎著
池波正太郎のユーモア溢れる短編
声を出して笑いたい人必読の書。
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夜毎さまよい出ては敢行する[辻投げ]に、または道場へ押しかけて来る荒くれどもを相手の
闘いに、留伊は夢中になっている。
体得した武芸のうち最も得意な柔術の技をふるって[辻投げ]をはじめたのも、もしや候補者が…という期待からであったのだが、現在の留伊には、それにもう一つのものが加味された。(早く私を負かしてくれる人が現われないものか―それでないと、家名が潰れる。父上に申し訳ないもの。それに、私だって…)
などと堅くふくらんだ乳房をひとり抱いて眠れぬ夜があるかと思えば、(今夜の侍の何と他愛もない。肩を入れて放り投げたら、五間も飛んだもの)
得も言われぬ爽快さに陶然となることもある。
女武芸者、佐々木留伊の名は江戸市中の評判となり、その評判は、留伊にとって意外なほどに高まっていった。
「妙音記」(剣客群像)の一節から
■「火天の城」 山本兼一著

建築家必読の書
信長が安土城築城を当代の名匠たちでコンペをする場面あり。
「ものづくり」のスピリッツが伝わる名著
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四日後、二の丸御殿の白州に二つの天主雛形がならべられた。
一間を三寸に縮めた模型で、人の背丈ほども高さがある。岡部一門が、総掛かりとなり、夜を徹してつくりあげた労作だ。
「一寸法師でも住んでおりそうじゃ」
誰かがそうつぶやいたほど精巧なできばえたった。
・・・
信長が、又右衛門をうながした。
「火を御用意ください」
小姓が走ると、又右衛門は、反古を二枚取りだし、揉んで丸めた。それを、雛形の一番下の入り口に、押しこんだ。
・・・
「万に一つ、この城で合戦があり、あるいは間者が火を放ったといたしましょう。失火もないとは言われませぬ。そのとき、天主のなかに大きな吹き抜けなどありましては、炎の道となり申す。煙出しの役目をはたし、たちまち天主全体に炎が走り、火焔に包まれてしまいまする」
以俊の雛形は、すでにすべての窓から炎が吹き出し、上の望楼からも煙が上がっている。
「お屋形様がお住まいになる御殿ならば、炎の道などつくってはなりませぬ」
以俊の雛形は、いまや全体が炎に包まれている。大きな紅蓮の炎舌が、望楼の上に猛々しい。
又右衛門のほうは、まだ二重目が燃えているだけだ。
・・・
「落城するにしても、これならば、ゆるりと曲舞をたのしむいとまがある」
信長のつぶやきが、又右衛門の耳に粘りついて残った。
「火天の城」の一節から
■「利休にたずねよ」 山本兼一著
強烈な「美」に対する想いが伝わる逸品。
一気にファンになりました。
・・・
茶碗をもちだすとき、長次郎は、宗易がどんな顔をするか楽しみだった。
「いかがでしょう」
宗易の膝の前にならべた。
じっと見つめている宗易の目は、けっして喜んでいなかった。
むしろ、気に食わぬげである。手に取ろうともしない。
「世辞はにがてでしてな。思ったままにいわせてもらってよろしいかな」
ことばは柔らかいが、背筋の伸びた頑なな美意識が感じられた。
「なんなりと・・・」
宗易の重そうな瞼が大きく開いた。眼光の鋭さは、この世の真理をすべて見ぬこうとしているかのようだ。
「ひとことでいえば、この茶碗はあざとい。こしらえた人間のこころのゆがみが、このまま出てしまった」
「おれがゆがんでいるやと」
おもわず、長次郎は腰を浮かせた。相手が老人でなければ、殴っているところだ。
「あざといというて悪ければ、賢しらだ。こざかしくて、見ていて気持ちが悪い」
よけいひどい。
長次郎は、宗易をにらみつけた。こととしだいによっては、ただでは措かないつもりである。
宗易は、淡々としている。感じたままを、虚心坦懐に話しているようだ。
「あなたは掌に媚びた」
「えっ」
胸をぐっと突かれた気がした。
「白い手 あめや長次郎」の一節から

■「徳川家康」 全26巻 山岡荘八著
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長編物の面白さに改めて気付かされました。
まさに「人間学」が学べる名著です。
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こんどは茂助は正則に噛みつくような視線を据えて、
「つきましてはおのおの様、ここに大軍を擁して来ていながら、何ゆえ手をこまねいて
おわすや、まこと不思議千万でござる!」
「な・・・・なにッ!?」
正則はびっくりして輝政を見やった。輝政はまだ言葉の意味を解しかねて、驚く以前の
表情だった。
「おのおの様がご家臣ならば、上様はいちいちお指図下さろうが、おのおの様はご家臣
ではござらぬ。お味方でござる。そのお味方が、何とてここで手をこまねいておわすや。
速かに木曽川を越えさせられてお働きなされたい。さすれば、上様も、出馬の儀は油断
これなく、心やすかるべくとご書面にあるとおりでござる。上様にご出馬を見合わせさ
せてあるものは、上様の風邪でもご都合でもない。ひとえにこれはおのおの様方のお心
柄でござる」
気負った表情でそこまでいうと、村越茂助は再び扇を取って膝に立てた。
茂助はついに、家康の意志以上の手きびしさで、彼らの決心の曖昧さを責めてしまたのだ。
一瞬一座はシーンとなった。
井伊直政も本田忠勝も、彼らの常識の埒外に躍り出されて、とっさにいうべき言葉を
知らなかった。
と、突然、福島正則が、白扇をひらいて、眼の前の村越茂助を煽ぎだした。
「あっぱれなご錠!見上げ申した!いやご辺の申すとおりじゃ!ごもっともじゃ!」
こんどは茂助が煽がれながらキョトンとなった。
「徳川家康 18巻 関ヶ原の巻」の一節から
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